言葉より速く

水谷八也(早稲田大学文学学術院教授)

※この文章は、2020年3月に発行したブックレット「OTEMON HYOCOMI」に寄稿いただいたものです。

私たちは私たちのことを知らない。それでも私たちの身体は私たちそのものであり、私たちの知らないことを知っている。でも現代の教育のほとんどは「言葉」によるものであり、その言葉が私たちを支配し、統御していく。言葉は私たちの身体をも整理しようとするけれど、必ず整理しきれないものが残る。そこを切り捨てれば、きれいに整理ができ、画一的な身体が出来上がる。多分とても管理しやすい身体だ。それはもう「私」を離れた身体で、多分、私ではない。

 

追手門学院高校の石井先生たちの授業では、言葉で身体を理解する前に、まず身体の声に耳を傾ける。生徒たちはワークを通して体を動かし、本人の理解の及ばぬところで、言葉より速く身体が反応し、他者とのコミュニケーションが取れていることを実感させられる。特別な道具も、機材もない。ただ他者と身体を動かすだけで巻き起こる数々の不思議を体感して、改めてそれを言葉で追体験する。遅れてくるその言葉を通して、生徒は初めてリアルに他者との関係を学び、多様性を知るのだ。私たちは誰もが個人として生まれ、個人として死んでいく。だから個人として生きるために、このような体験が教育の根幹にあるべきだと強く思う。


水谷八也(みずたに・はちや)

早稲田大学文学学術院教授。専門は20世紀英米演劇。共編著に『アメリカ文学案内』(朝日出版)、訳書にワイルダー『危機一髪』(新樹社)、ドーフマン『世界で最も乾いた土地』(早川書房)、舞台翻訳にワイルダー『わが町』、アーサー・ミラー『るつぼ』、オズボーン『怒りをこめてふり返れ』(以上新国立劇場)、ドーフマン『死と乙女』(地人会)、アーサー・ミラー『彼らもまた、わが息子』(俳優座プロデュース)など。